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もじゃもじゃと手を動かす

日々の思考のゴミ捨て場

初めに言葉があった

差別をしないとは、みんなを同じ扱いにすることではなく、一人ひとりの違いを理由に態度を変えないという意味だ。

 

www.huffingtonpost.jp

 

身に沁みる、とはこのことか。

記事自体は、生理痛のひどい女性社員を上司が理解しようとしてくれるええ話。

 

自分自身で言うのもどうかと思うけれど、

割と体力的にも精神的にもタフであると自負しているので(なんなら生理痛もなくはないけどスルーして仕事できる程度には辛くない)、

ちょっとしたことで精神的に不安定になる人や体力的に無理して負のスパイラルに陥って日々のパフォーマンスが落ちる人が許せない。

それがたとえば職場(今昔、部活とかバイトとかボランティアとかサークルとか、個々人の役割がある場所)にいたりするとすごい嫌悪感を持ってしまい、フォローする気が起きなくなる。

さらに男性ともなると、自分で書いていて引くけれど、

「タフじゃない男ってなんなん!?キモいねん」と思ってしまい、嫌悪感は増幅される。

 

もしや私はトランプ大統領並に自分と相容れない他者を拒絶するタイプなんじゃないかと考えたりして、

いやそれ人間として性格悪すぎでしょ、

 

でも差別しないとか無理じゃない??

 

 

人間だもの誰にでも同じように接するとかはできんくない??

 

 

というモヤモヤを抱えてたんですが、

冒頭の言葉を読んで、ふっと思考が楽になった。

 

相手を同じパーツにはめこもうとするのではなく、

かといって自分のパーツを無理に捻じ曲げるのでもなく、

「違うことを理由に、態度を変えない」。

 

言語化できたときのスッキリ感を、久々に味わう。

 

 

会社にいると同じ言葉ばかり使ってしまう。

「おはようございます」「お疲れ様です」「本日の予定です」「恐れ入ります」「大変申し訳ございません」「すみません」「よろしくお願いいたします」「ありがとうございました」「確認いたします」

 

日々同じ言葉のルーティンで、新しいコミュニケーションはなかなか生まれない。

 

自分の気持ちをきちんと言葉にのせてゆくことの大切さよ。

もやもやした気持ちを、臆することなく表現することのまぶしさよ。

 

言葉にこそ人は成長させられるのだ。

 

 

ラインのスタンプでコミュニケーションが成立すると、思うなよ。

本当は怖い『東京タラレバ娘』

1年半くらい前に先輩に誘われた飲み会で知り合ったMさん。

Mさんは営業職のサラリーマンで、その飲み会の幹事をしていた。

顔立ちも良いし、服装もこぎれいだし、本もそれなりに読む、好青年。

休みの日には誰かに会ってないと気が済まないタチらしく、飲み会でラインを交換してからは、別の飲み会に連れて行ってくれたり、カフェでお茶に誘ってくれていた。


時々2人で会うこともあったわけなんだけど、

神様が間違ったプログラミングしたんじゃないかっつーくらい我儘なワタクシは、何回か会ってわかってしまった、「あ〜〜〜〜この人と喋ってても楽しくねぇ〜〜〜〜」って。


家にテレビがないのなんて今どき当たり前だけど、それにしたってエンタメに疎すぎる。

ミーハー野郎な私は映画『沈黙』を彼が知らないということをどうしても受け入れられない。

クソゥゥゥと思いながらも『沈黙』のあらすじを説明したって、それに対するリアクションが0だったら心の中で悪態ぐらいつきたくなりますよ。


できれば気づきたくなかった、ていうか気づいてもそれなりに軌道修正できるんじゃないかって思ってた。

曲がりなりにも相手から色々お誘いいただいてるわけだし、飲み会開催できるくらいには人脈もあるようだし、話がかみあわねぇって思ってるのは私だけじゃないか。

だったら、私が我慢すればいいんじゃない?それでスムーズな人間関係が成立するんなら、別にいいんじゃない?


わかっちゃいる

わかっちゃいるの

わかっちゃいるけど


耐えられない。


驚くほど鎌田倫子と同じ理屈で私はMさんとの会話が耐えられない。

服がダサいのは別にいい。

貧乏だってそんなの気にしない。

なんなら不倫してたって友達でいられる。

でも話がつまんないのはこの世のどんな物事よりも耐えられない!!!


もうそうなると2人でお茶するってのがどんだけエグいミッションかってことですよ。

これが便利屋に来るような、とりあえず次の予定がある1時間だけ話し相手になってくれないかっつー依頼だったら森山みくりヨロシクいくらでも話しますよ。

時給が発生するならな!!仕事ならな!!


でもこれは仕事じゃねぇええええ

つって断ったりするんだけどもうどうにも断りきれなかったりして3回に1回くらい会うんだけど

その度にあ〜〜〜〜貴重な休日無駄にした〜〜って後悔しきりですよ。

倫子さんよろしく、こんなんだったら家で1人で笑点見てる方が百万倍楽しいとか思うわけですよ。


ってそこまで考えて気づくんです。


あれ?私にはタラとレバがいないぞ?


こんなときタラとレバは何を言ってくれるんだ??


わからんぞ???わからないぞ???って。



タラとレバだったら、会いたくない友達にサラッとその旨伝える術を知ってるんじゃないか、とか思うんですけど。




そうなんです。


私にはタラとレバが見えないんです。だって現実に生きてるから。

私は漫画の中の主人公じゃないから。

そんな都合よく現れて性格の悪い私の思いを叩き直してくれるなんてことはないわけです。



でもそう考えると東京タラレバ娘ってめっちゃ怖くないですか。



タラとレバがまるでこの世に存在する占い師かのように、彼らの言葉に感銘を受けてる女子(おなご)たちはごまんといるわけで。


そういう女子たちは、タラとレバの言葉でまるで自分たちも生まれ変わったかのように錯覚するんではないか、と。


これで私たちの性格も多少は改善されるに違いない、また倫子や香みたいな状況になっても、もう失敗しないって。



そんなことはないって普通ならわかる。

だって現実世界で自分のケースひとつひとつに自分の性格を鑑みた上でアドバイスしてくれる人なんてそうそういない。

ケースバイケースなんてのが人間関係には百万通りくらいあって、タラとレバが倫子や香や小雪に言ってることが、必ずしも当てはまるなんてことはないってことが、普通ならわかる。

それに現実世界でそんなことを言ってくれるのはだいたい女友達だったり親だったりするわけで、それにいちいちショック受けてたら普通に生活なんかできやしない。

忘れるでしょ。忘れちゃうでしょ。

自分の性格とか、ラインの返事の仕方とか、そんなにすぐに直らんでしょ。



でもタラレバ娘は、あまりにもタラとレバの言うことがリアルだから


(これが本当に東村アキコ先生のすごいところだと思う、フィクションの存在に現実的なことを言わせるのって、すごく難しいことだと思うから)



なんだか本当に自分に向けて言ってくれてるんじゃないかって、そんな気に読者はなっちゃうんじゃないかって。


ていうか、私がそうだった。

あれ?タラとレバって私の前には現れてくれないの?ってなるまで気づかなかった。


その錯覚を持ったまま、タラとレバに喝入れてもらって良かった!私、生まれ変わります!みたいな

コンタクトレンズのCMみたいにキラキラ未来明るくなっちゃって

その実なんの改善もしない女子たちを量産してるのだとしたら、それはそれで恐怖やな、と。

それは未来が開けたのでは無く、バーチャルな世界に照明で日が射した演出をしただけのことなんですよ。




これは自戒を込めてですけど、


タラとレバはフィクションだから!


あたしらの世界になんかいねぇから!!


てめえらの問題は自分で解決するしかねぇから!!!!


という気持ちを持って




次回のMさんからのお誘いはシッカリと断り


次巻の東京タラレバ娘も心待ちにしようと思います。


初めて三代目JSBのライブに行ったヅカファンの話

『求めよ、されば与えられる』

(マタイによる福音書 7:7~8)

 

****

 

「いやあ、一回エグザイルとかのライブに行ってみたいんですよねぇ」と飲み会で口走った。

そしたら、その場にいた先輩に「え、じゃあ来月三代目のライブがあるから、行く?」と言われ、

あれよあれよという間にライブのチケットをとっていただいた。

人生はノリとタイミング。来るはドームツアー公演。

学生時代に見た聖句に『求めよ、されば与えらえる』ってのがあったなあ。

こういう時に使うのか。

 

生まれてこの方ドームツアーになんて誰のものにも行ったことがないから、

とりあえず「ライブ 初めて」でググる

ふむふむ、ドレスコードみたいなものがあるわけじゃない、とか、荷物は最小限にまとめた方が良い、とか、アリーナとスタンドの違い、とか、初めてデートに行く中学生みたいな気持ちでシッカリ読んだ。

アルバムも(前から多少聞いてはいたけど)ちゃんと予習してきたし、

なんならライブ動画もちょっと観た。

 

いよいよってんで、当日の夕方に駅に行ってみたら、

まあそこらじゅうの色が吸い取られちゃったんじゃないのっていうくらい、黒と白が8割。

すごく驚いたんだけど、三代目のライブってウチワとかはみんな作ってこないらしい。

その代りに、みんな黒や白のトレーナー(グッズ)を来て、サングラスをかけたりして、なんだかスタイリッシュでおしゃれだった。

殿方は三代目のメンバーに「似せる」というよりは、「寄せる」っていう感じの人が多くて。

10代~20代が多いけど、親子連れもいたり、老若男女幅広く見かけて、そのみんながモノトーンコーデでキメてきている様は圧巻だった。

 

これが宝塚だったら、みんなキャトルレーヴの紫色の袋だけが共通項なんだろうなあ。

 

お手洗いは案の定並んでいたけど、そこでも若い子たちがみんなSNOWしたり、メイクを手鏡じゃなくてスマートフォンで見ながら直したりしている。

そういうことをしているから、時々列が乱れたり、進まなかったりして、警備員さんが詰めるよう促していたりした。

 

これが宝塚だったら、2列に整然と並んだまま、どえらい量のトイレに導かれてスルスル行列が進んでいくんだろうなぁ。

 

いよいよ会場に入ってみる。

ゲートが何十番とかあるんですよ。

 

これが宝塚だったら、4階ぐらいまでしかないのになぁ。

 

ドームは驚くくらい広くて、大きなセットだった。

カメラも警備員も桁違いに多い。

 

待つこと1時間、いよいよ開演時刻。

そこからはもう驚きと楽しいの連続。

とにかく自分のまわり365度すべてから、歓声が飛んでくる。

メンバーが近くにやってくるたび、その声どこから出てるの!?のどちんこの奥に笛でも備え付けてるの!?というくらい後ろの席の女の子が叫んでいた。

 

これが宝塚だったら!

歓声は拍手で!!

呼びかけはご法度!!

でも心の中では絶叫!!

っていうものすごいムッツリタイムを過ごしているんだけど!!!

自分の欲望や感情をありのままに口に出せる空間って!!!

なんてうらやましい!!!!!

 

くぅぅぅぅぅぅうう

いいなぁぁああああああああああ

 

まああんなかっこいい殿方が踊り狂ってたらそりゃ叫びたくもなる。

まあ宝塚だってこの世のものとは思えないくらいかっこいい殿方が踊り狂ってるけどな!!!

 

先輩が貸してくれた双眼鏡を見てみる。

倍率すごい良いはずなのに、見えたメンバーはやっと全身捉えられる程度。

 

これが宝塚だったら、、、!表情までくっきり見える距離感なのに、、、!

ドームの広さ、恐るべし。

 

 

とにかく普段「美しい人を見て絶叫する」ってことに慣れてないもんで、

ちゃんと「イエェーイ!」って言えるまでに割と時間かかった。

なんなら途中ちょっと声上ずってサンシャイン池崎みたいな「イエェェエエエイ」出た。

 

ライブはとっても楽しかった。

でも同時に

宝塚、行きたいな~~~~

の思いが冷めやらず。

 

今度は宝塚のチケットを『求めよ、されば与えられる』か。